はじめに
中国で事業を行う企業では、従業員の給与とは別に、食事補助、交通費、医療費、社員旅行、健康診断、住宅補助、子女教育費など、さまざまな福利厚生に関する支出が発生する。
こうした支出について、企業側では「福利厚生費」として会計処理しているため、「従業員個人の個人所得税も非課税になるのではないか」と考えるケースがある。しかし、中国の個人所得税においては、企業会計上の「福利厚生費」と、個人所得税法上の「免税となる福利費」は必ずしも一致しない。
中国個人所得税法では、一定の「福利費」について免税とする規定が設けられている一方、従業員が企業から受け取る現金、現物その他の経済的利益は、原則として個人所得税の課税対象となり得る。特に、特定の従業員に対して個別に支給される手当や補助については、福利厚生費という勘定科目だけを理由として非課税と判断することはできない。
また、外資系企業で多く見られる外国人従業員については、住宅補助、子女教育費、語学研修費などについて、一定の要件のもとで免税を受けられる特別な制度が2027年12月31日まで延長されている。
本記事では、中国における福利厚生費と個人所得税の関係を整理するとともに、外資系企業・外国人従業員が特に注意すべきポイントを解説する。
1. 「福利厚生費だから非課税」とは限らない
中国個人所得税法では、給与・賃金所得には、給与、賞与、年末加給、労働分紅、津貼、補貼および任職・受雇に関連して取得するその他の所得が含まれると規定されている。さらに、個人が取得する所得には、現金だけでなく、現物、有価証券その他の経済的利益も含まれる。
一方、中国個人所得税法第4条では、一定の福利費について個人所得税を免除すると規定している。
ここで重要なのは、「企業が会計上、福利厚生費として処理しているかどうか」と「個人所得税法上、免税福利費に該当するかどうか」は別の問題であるという点である。
中国個人所得税法実施条例では、免税対象となる「福利費」を、企業、事業単位、国家機関、社会組織が関連規定に基づいて積み立てた福利費または労働組合経費から個人に支給する生活補助費などと定義している。
したがって、企業が「福利厚生費」という名称で支出していることだけを根拠として、従業員側の個人所得税を非課税として処理することには注意が必要である。
2. 個人所得税の課税対象となる福利厚生の考え方
実務上、企業が従業員に提供する福利厚生については、「誰に」「どのような形で」「どのような目的で」提供されたものかを確認することが重要である。
例えば、特定の従業員に毎月一定額を現金で支給する住宅補助、食事補助、交通補助などは、名称が「福利厚生費」であっても、給与・賃金に関連する所得として個人所得税の課税対象となる可能性がある。
また、企業が従業員のために商品やサービスを購入し、それによって特定の従業員が個人的な経済的利益を受ける場合も、個人所得税上の取扱いを検討する必要がある。
中国の個人所得税法実施条例では、個人所得には現金、現物、有価証券その他の経済的利益が含まれると明確に規定されている。そのため、「現金で支給していないから個人所得税の対象外」と単純に判断することもできない。
福利厚生の税務処理では、勘定科目ではなく、従業員が実際にどのような経済的利益を受けたのかを確認することが基本となる。
3. 免税となる「福利費」とは
中国個人所得税法第4条では、「福利費、抚恤金、救济金」を個人所得税の免税所得として規定している。
ただし、すべての福利厚生支出がこの「福利費」に該当するわけではない。
実施条例では、福利費について、企業等が関連規定に基づき福利費または労働組合経費から支給する生活補助費と定義している。したがって、一般的な給与の一部として従業員に定期的・一律に支給する手当と、特定の事情に基づく生活上の困難に対する補助などは、税務上同じように扱えるとは限らない。
例えば、従業員が重大な疾病や生活上の困難に直面した場合に支給される一定の生活補助などは、免税福利費に該当する可能性がある。
一方、通常の給与に上乗せして支給される「福利厚生手当」については、免税福利費に該当するかを別途確認する必要がある。
4. 食事補助・交通補助・住宅補助はどう扱うか
企業が従業員に支給する食事補助、交通補助、住宅補助などについては、支給方法によって個人所得税上の取扱いが変わる可能性がある。
例えば、毎月一定額を給与とともに現金で支給し、従業員が自由に使用できる場合には、給与・賃金所得として課税対象となる可能性が高い。
これに対し、業務上必要な出張に伴う交通費や宿泊費について、会社が実際の業務費用として直接負担したり、合理的な証憑に基づいて実費精算したりするケースでは、通常の給与手当とは性質が異なる。
したがって、税務処理においては、「交通費だから非課税」「食事代だから非課税」といった費目だけで判断するのではなく、業務上の必要性、支給方法、精算方法、対象者、証憑の有無などを確認する必要がある。
特に外資系企業では、海外本社のグローバル福利厚生制度をそのまま中国法人に導入するケースがあるため、中国の個人所得税制度に適合しているかを別途確認することが重要である。
5. 社員旅行・イベント・現物支給にも注意
福利厚生として社員旅行、記念品、商品券、各種イベントなどを提供する場合も、すべてが自動的に個人所得税非課税になるわけではない。
中国の税務実務では、従業員個人に帰属する経済的利益なのか、それとも従業員全体が集団的に享受する福利なのかという点が重要となる。
例えば、企業が従業員全体を対象として集団的に福利厚生を提供し、個々の従業員に金額を割り当てることが困難な場合には、個人所得税の課税対象として個別に認識しない取扱いがされる場合がある。
一方、特定の従業員に対して現金、商品券、個別の高額商品などを支給する場合には、その従業員が具体的な経済的利益を取得しているため、個人所得税の課税関係を検討する必要がある。
この点については、税務当局の実務上も、集団的に享受され、分割することが困難な非現金福利については、原則として個人所得税を課税しないという考え方が示されている。
6. 外国人従業員には特別な免税制度がある
外資系企業が特に注意すべきなのが、外国人従業員に対する一定の津補貼の免税制度である。
現在、外国人従業員が中国の居住者個人に該当する場合、一定の要件を満たせば、個人所得税の特別付加控除を利用する方法と、外国人向けの一定の津補貼免税制度を利用する方法を選択することができる。
この制度は、財政部・税務総局公告2023年第29号により2027年12月31日まで延長されている。外国人本人は、両方の制度を同時に利用することはできず、同一納税年度において一度選択した後は変更できないとされている。
外資系企業の給与計算では、この選択を考慮せずに、外国人従業員について中国人従業員と全く同じ福利厚生の税務処理を行うと、免税制度を適切に利用できない可能性がある。
そのため、外国人従業員を採用・派遣する場合には、給与だけでなく福利厚生パッケージ全体を確認することが重要である。
7. 外国人の住宅補助・子女教育費・語学研修費
外国人従業員について特に問題となるのが、住宅、子女教育、語学研修などに関する福利厚生である。
現行制度では、一定の外国人居住者について、関連規定に基づき、住宅補助、語学研修費、子女教育費などの津補貼について免税優遇を受けることが可能である。
ただし、「外国人に支給すればすべて非課税」という制度ではない。
免税を受けるためには、対象となる費用の種類、支給方法、金額の合理性、関連証憑などについて、適用される規定を満たす必要がある。
例えば住宅については、会社が従業員に現金を一律支給する場合と、合理的な住宅費について契約書や領収書等に基づいて精算する場合では、税務上の取扱いを同じと考えることはできない。
外資系企業では、海外本社が住宅費や子女教育費を負担するケースもあるため、中国法人が直接支払っていない場合でも、中国勤務に関連する福利厚生として個人所得税上の確認が必要となる場合がある。
8. 外国人従業員の「福利厚生費」は証憑管理が重要
外国人向けの免税福利厚生を適用する場合、単に給与明細上で「Housing Allowance」「Education Allowance」などと表示するだけでは十分とは限らない。
実務上は、雇用契約書、福利厚生規程、住宅賃貸契約書、領収書、子女教育に関する請求書・領収書、語学研修に関する証憑など、実際の支出内容を確認できる資料を適切に保存することが重要である。
また、会社が従業員に現金を一律支給する制度なのか、実費精算制度なのかによっても税務上の検討事項が異なる。
特に外資系企業では、海外本社から中国法人へ送付される給与計算データに福利厚生の詳細が十分に記載されていないことがある。そのため、中国法人側で給与・福利厚生の内容を把握するための情報収集プロセスを整備することが望ましい。
9. 個人所得税と企業所得税は分けて考える
福利厚生費については、従業員個人の個人所得税だけでなく、企業側の企業所得税についても注意が必要である。
中国の企業所得税では、一定の職工福利費について、原則として給与・賃金総額の14%を限度として損金算入が認められている。2026年3月に国家税務総局天津市税務局が公表した解説でも、この14%基準と職工福利費の範囲が確認されている。
しかし、企業所得税上「職工福利費」に該当することと、従業員個人の個人所得税が免税になることは別問題である。
例えば、企業所得税上の福利費として処理できる支出であっても、従業員個人が取得する経済的利益について個人所得税が課税される可能性がある。
したがって、企業の税務担当者は、「会社側の損金算入」と「従業員側の個人所得税」を別々の観点から確認する必要がある。
10. 福利厚生費の個人所得税処理でよくある誤り
福利厚生に関する実務では、次のような誤解が生じやすい。
「会計上、福利厚生費だから個人所得税はかからない」
「現金ではなく現物なら個人所得税はかからない」
「外国人の福利厚生はすべて免税になる」
「会社が費用を負担しているので従業員の所得にはならない」
「中国人従業員と外国人従業員で同じ処理をすればよい」
これらはいずれも、個別の制度や事実関係を確認せずに一般化することはできない。
中国個人所得税では、給与・賃金所得に津貼、補貼その他の雇用に関連する所得が含まれ、所得の形態についても現金だけでなく現物その他の経済的利益が含まれる。
したがって、福利厚生費の税務判断では、会計科目や社内での名称ではなく、実際の支給内容と適用される免税規定を確認することが重要である。
11. 外資系企業が確認すべき税務ポイント
中国法人が外国人従業員に福利厚生を提供する場合、まず対象となる福利厚生を一覧化することが重要である。
住宅費、子女教育費、語学研修費、食事補助、交通費、医療費、海外旅行・帰省費用、保険、会社負担の各種手当など、給与以外に会社が負担している項目を洗い出す。
次に、それぞれについて「従業員個人が経済的利益を取得しているか」「現金支給か実費精算か」「個人別に金額を把握できるか」「免税規定が存在するか」「必要な証憑があるか」を確認する。
さらに、外国人従業員については、特別付加控除を利用するのか、外国人向けの津補貼免税制度を利用するのかを納税年度ごとに確認する必要がある。現行制度では両制度の同時利用は認められておらず、一度選択するとその年度中は変更できない。
このような確認を給与計算の段階で行うことで、年末の個人所得税精算時に課税漏れや過大な免税処理が発生するリスクを抑えることができる。
まとめ
中国における福利厚生費の個人所得税処理では、「福利厚生費」という名称だけで非課税と判断しないことが重要である。
中国個人所得税法では一定の福利費が免税とされているものの、その範囲には一定の条件があり、企業が会計上「福利厚生費」として処理している支出がすべて従業員の個人所得税から除外されるわけではない。
特に外資系企業では、外国人従業員に住宅補助、子女教育費、語学研修費などを提供するケースが多く、2027年12月31日まで利用できる外国人向けの津補貼免税制度についても確認する必要がある。
また、企業所得税上の職工福利費と個人所得税上の免税福利費は同一ではないため、会社側の損金処理と従業員側の個人所得税を分けて検討することが重要である。
中国法人における給与・福利厚生の税務処理では、給与計算、個人所得税、企業所得税、外国人従業員の税務を総合的に確認する必要がある。特に海外本社と中国法人の間で給与や福利厚生費を負担している場合には、支給主体や費用負担関係まで含めて税務上の整理を行うことが望ましい。