はじめに
中国に進出する日系企業において、出張手当の個人所得税上の取扱いは頻繁に問題となる論点の一つです。日本では一定の出張日当や旅費について非課税として取り扱われることが一般的ですが、中国では個人所得税制度及び税務実務が異なるため、日本と同様の感覚で制度設計を行うと税務リスクが生じる可能性があります。
特に外国籍駐在員に対する優遇制度が長年存在していることから、中国籍従業員と外国籍従業員とで課税関係が異なる場合もあり、制度理解が不可欠となります。本稿では、中国における出張手当の課税関係について、法制度と実務の両面から整理します。
1. 中国個人所得税法上の出張手当の考え方
中国個人所得税法上、従業員が勤務先から受ける経済的利益は原則として給与所得に含まれます。しかしながら、企業活動の遂行に必要な支出について従業員が立替え、その後実費弁償を受ける場合には、通常、個人所得税の課税対象とはなりません。
このため、中国における出張関連費用については、「給与所得」なのか「業務遂行上の実費弁償」なのかという性質判断が重要となります。交通費、宿泊費等を発票に基づき精算する場合には一般的に課税対象とはならない一方、実費との関連性が乏しい定額支給方式については、税務当局から給与所得として取り扱われるリスクが高まります。
実務上も、多くの企業では出張旅費規程を整備し、出張命令書、出張報告書及び発票等を保存することによって、業務遂行上の費用であることを説明できる体制を構築しています。
2. 外国籍人員に対する個人所得税優遇制度
中国では外国籍専門人材の受入れ促進を目的として、外国籍居住者個人に対する特別な個人所得税優遇制度が設けられています。
財税字〔1994〕020号及び国税発〔1997〕54号等に基づき、外国籍人員に対して支給される住宅費、食事費、洗濯費、引越費、ホームリーブ費用、語学教育費及び子女教育費等については、一定の条件を満たす場合に給与所得へ算入しないことが認められています。
出張費用についても合理的な範囲内のものについては同様の取扱いが認められており、外国籍駐在員の給与パッケージ設計において重要な要素となっています。
もっとも、これらは無条件に認められるものではなく、非現金給付又は実費精算としての性格を有することが前提とされています。
3. 2019年個人所得税改革と2027年までの制度延長
2019年の個人所得税制度改正により、中国では特定附加控除制度が導入されました。子女教育費、住宅家賃、住宅ローン利息、老人扶養費等について一定額を所得控除できる制度であり、中国籍・外国籍を問わず適用されます。
制度導入当初は、外国籍人員について従来型の優遇制度と特定附加控除制度のいずれかを選択することとされていました。その後、外国人向け優遇制度の廃止が予定されていましたが、財政部・税務総局公告2023年第29号により、従来型の優遇制度は2027年12月31日まで延長されています。
その結果、現時点では外国籍人員は引き続き一定の実費精算型福利厚生制度を利用することが可能となっています。
4. 税務調査で問題となりやすいポイント
税務調査において課税当局が重視するのは、名称ではなく実態です。
「出張手当」という名称で支給されていたとしても、実質的に給与補填の性格を有する場合には給与所得として再計算される可能性があります。
特に、出張実績との対応関係が不明確な場合、出張日数に関係なく一定額が毎月支給される場合、発票や内部証憑が保存されていない場合、外国籍人員向け優遇制度の適用根拠を説明できない場合、などは税務リスクが高くなる傾向があります。
そのため、税務上は支給方法そのものよりも、実費弁償としての合理性及び証憑管理体制の整備が重要となります。
5. おわりに
中国における出張手当の課税関係は、日本と比較すると制度が複雑であり、特に外国籍駐在員に対する優遇制度との関係で誤解が生じやすい分野です。
もっとも、実務上の判断基準は比較的明確であり、業務遂行に必要な実費弁償としての性格を有するか否かが重要なポイントとなります。また、外国籍人員については2027年末まで一定の優遇制度が継続されるため、給与設計や赴任者政策を検討する際には当該制度の活用可能性も併せて検討することが望まれます。
中国税務調査では制度そのものよりも実態及び証憑管理が重視される傾向があるため、出張旅費規程、承認フロー及び発票管理体制を適切に整備し、継続的に運用していくことが重要であるといえるでしょう。
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