はじめに
中国へ進出する日系企業や、中国子会社を有する多国籍企業にとって、中国税務コンプライアンスへの対応は企業経営上の重要な課題の一つとなっています。近年、中国では税務当局による電子インボイス制度の普及、ビッグデータを活用した税務管理及び税務・社会保険情報の連携が進み、従来以上に納税申告内容の整合性が確認される環境が整備されています。
このような状況の下、法人税、増値税及び個人所得税等について申告漏れや納税不足が判明した場合には、本税の徴収だけではなく、滞納金、行政罰及び一定の場合には強制徴収措置の対象となる可能性があります。また、悪質なケースでは行政処分にとどまらず、刑事責任が問題となる場合もあります。
本稿では、中国における納税義務違反に対する法的責任について、中国租税徴収管理法を中心に、追徴課税、税務調査の遡及期間及び税務当局による徴収手続の概要を整理します。
1. 納税義務違反が判明した場合の法的責任
中国では、納税者又は源泉徴収義務者が法令に従って適正な納税を行わなかった場合、まず不足税額(本税)の納付義務が生じます。税務当局は更正又は税務調査により不足税額を確定し、その納付を命ずることになります。
さらに、納期限までに納付されなかった税額については、中国租税徴収管理法第32条に基づき、**1日当たり0.05%**の割合による滞納金が課されます。この滞納金は、日本における延滞税と類似する制度ですが、中国では比較的高い水準の負担となるため、長期間にわたり未納状態が継続すると、滞納金だけでも相当額に達する可能性があります。
また、税務当局が納税者の行為を「脱税(偷税)」に該当すると判断した場合には、中国租税徴収管理法第63条に基づき、不足税額の徴収に加えて、不足税額の50%以上5倍以下の範囲で行政罰としての罰金が科されることがあります。
もっとも、この罰金はすべての申告誤りに当然適用されるものではありません。単純な計算誤り、法令解釈の相違又は自主的な修正申告等については、個別事情を踏まえた判断が行われます。一方、虚偽申告、帳簿の改ざん、売上除外等、意図的な納税回避行為が認められる場合には、「脱税」と認定され、重い行政処分の対象となる可能性があります。
中国租税徴収管理法第63条では、「脱税」とは、納税者が帳簿・証憑を偽造、改ざん、隠匿若しくは故意に毀損し、又は帳簿上に架空の支出を計上し、若しくは収入を過少に記載すること等により、本来納付すべき税額を納付しない、又は過少に納付する行為をいうものとされています。また、税務機関から申告を求められたにもかかわらず申告を拒否する場合や、虚偽の申告を行う場合についても同条の適用対象となります。
このように、中国税制では、本税、滞納金及び行政罰がそれぞれ独立した法的性質を有しており、悪質性の程度に応じて複数の責任が重複して課される可能性があります。
2. 税務調査の遡及期間と更正権の時効
税務当局が過去の申告内容について更正又は追徴課税を行うことができる期間は、中国租税徴収管理法第52条に規定されています。
原則として、税務当局は過去3年間について更正を行うことができます。しかし、「特別な事情(特殊情况)」がある場合には、更正期間は5年間まで延長されます。
ここでいう「特別な事情」とは、中国租税徴収管理法実施細則第82条において定義されており、未納税額、過少納付税額、未源泉徴収税額又は過少源泉徴収税額の累計が10万元以上である場合を指します。
さらに、脱税、詐欺その他悪質な租税回避行為が認められる場合には、第52条第3項により、更正期間には原則として期間制限が設けられていません。すなわち、税務当局は相当期間経過後であっても調査及び追徴課税を行うことが可能となります。
この点は、日本の国税通則法における更正期間と比較しても特徴的な制度であり、中国においては故意による不正行為に対して極めて厳格な対応が採られていることを示しています。
3. 税務当局による強制徴収手続
中国では、税務当局が法令に基づき納税義務者に対して納税通知を行ったにもかかわらず、納税者が期限までに税額を納付しない場合には、中国租税徴収管理法に基づく強制徴収手続へ移行することがあります。
中国租税徴収管理法第40条では、生産又は経営に従事する納税者、源泉徴収義務者及び納税保証人が、税務機関から納税又は滞納金の納付を命じられたにもかかわらず期限までに履行しない場合、税務当局は法令に基づき一定の強制執行措置を講じることができると規定しています。
具体的には、税務当局は口座開設銀行又はその他の金融機関に対し、納税者の預金口座から未納税額を控除するよう書面により通知することができます。また、必要に応じて、納税者の財産について差押え又は封印を行い、その財産を法令に従って競売又は売却し、その代金を未納税額へ充当することも認められています。
さらに、これらの強制徴収の対象は本税のみならず、租税徴収管理法第32条に基づき発生した滞納金についても及びます。したがって、納税者が本税のみを支払えば足りるわけではなく、滞納金を含めた納税義務全体について履行しなければ、強制徴収の対象となる可能性があります。
また、中国租税徴収管理法第44条では、納税者又はその法定代表者が未納税額及び滞納金を納付せず、又は十分な担保を提供しないまま出国しようとする場合には、税務当局が出入国管理機関へ通知し、出国を制限する措置を講じることができると規定されています。
この出国制限制度は、日本ではあまり見られない制度であり、中国税務行政の特徴の一つといえます。特に、中国法人の法定代表者や実質的な経営責任者については、会社の税務コンプライアンスが個人の移動にも影響を及ぼす可能性があるため、十分な注意が必要です。
4. 個人所得税における留意点と実務上の考え方
もっとも、租税徴収管理法第40条に規定される銀行口座からの控除や財産の差押え等の強制徴収措置は、その文言上、「生産・経営に従事する納税者」及び「源泉徴収義務者」を主たる対象として規定されています。
そのため、個人所得税のうち給与所得のみを取得する一般の給与所得者については、第40条の規定が当然に直接適用されるものではありません。
もっとも、このことは給与所得者について税務当局による徴収権限が存在しないことを意味するものではありません。実際には、中国個人所得税法及び租税徴収管理法その他の関連法令に基づき、未納税額について徴収手続が行われる可能性があります。また、源泉徴収義務者である会社が適切な源泉徴収を行わなかった場合には、会社側にも源泉徴収義務違反に関する責任が生じる可能性があります。
さらに、中国では個人所得税制度においても電子申告システム及びビッグデータ分析が広く活用されており、給与支払情報、社会保険情報及び銀行取引情報等を相互に照合する体制が強化されています。そのため、従来は発見が困難であった申告漏れについても、税務調査の対象となる可能性が高まっています。
近年では、企業に対する税務調査だけではなく、高所得者、外国籍駐在員及びクロスボーダー取引に関する個人所得税調査も強化される傾向にあります。そのため、企業としては法人税や増値税のみならず、個人所得税についても適切な源泉徴収及び申告体制を整備することが重要となります。
5. おわりに
中国における納税義務違反に対する法的責任は、本税の追徴のみならず、滞納金、行政罰及び一定の場合には強制徴収措置へと発展する可能性があります。特に、租税徴収管理法第63条に規定される「脱税」に該当すると判断された場合には、不足税額に加え、50%以上5倍以下の罰金が科される可能性があり、悪質な事案では刑事責任が問題となることもあります。
また、税務調査の更正期間についても、通常は3年間であるものの、一定額以上の未納税額が存在する場合には5年間へ延長され、さらに脱税等の悪質な行為については実質的に期間制限なく税務調査及び追徴課税が行われ得る点は、日本の制度と比較しても重要な特徴といえます。
近年、中国では電子インボイス制度の普及や税務データの電子化が急速に進展しており、税務調査は従来の書面中心の確認から、データ分析を活用したリスクベースの管理へと移行しています。このような環境下では、問題が発生してから対応するのではなく、日常的な税務コンプライアンス体制を整備し、適切な会計記録、証憑管理及び申告体制を維持することが、税務リスクを最小限に抑えるための最も有効な手段といえるでしょう。
企業が中国で安定的な事業活動を継続するためには、中国税法及び税務行政の特徴を十分に理解し、税務調査への対応のみならず、平時からの内部統制及びコンプライアンス体制の構築に取り組むことが不可欠です。
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