はじめに
中国での勤務や生活が長期化すると、「中国の税務上の居住者になるのか」「日本にある預金、株式や不動産から生じる所得も中国で申告する必要があるのか」が重要な問題になります。
この問題については、「中国に183日以上滞在すると、直ちに全世界所得が中国で課税される」と説明されることがあります。しかし、中国に住所を有しない外国人の場合、183日基準だけで最終的な課税範囲が決まるわけではありません。中国の居住者個人に該当するかどうかと、国外所得が実際に中国で課税されるかどうかは、分けて検討する必要があります。
本稿では論点を、中国の税務上の居住者となる場合に絞り、居住者判定、いわゆる6年ルール、国外所得、外国税額控除及び申告実務について解説します。
1. 中国の「居住者個人」とは
中国個人所得税法では、中国国内に「住所」を有する個人、又は中国国内に住所を有しないものの、一納税年度に中国国内で累計183日以上居住する個人を「居住者個人」としています。中国の納税年度は1月1日から12月31日までです。
ここでいう「住所」は、単に中国国内に住宅を所有又は賃借していることを意味するものではありません。戸籍、家庭又は経済的利益関係により、中国国内に習慣的に居住する状態をいいます。このため、中国国籍を持たないことのみを理由として、必ず「中国に住所を有しない者」になるとは限りません。
もっとも、日本企業から一定期間派遣され、家族、主要な資産、帰任先などとの結び付きが日本に残る一般的な日本人駐在員については、中国に住所を有しない者として、主に183日基準により居住者性を検討するケースが多いと考えられます。
中国国内の居住日数は、中国国内に滞在した時間が一日24時間に満たない日を算入しない方法で計算します。したがって、通常は入国日と出国日は居住日数に含まれません。もっとも、日数計算は個々の移動記録に基づいて確認すべきであり、旅券、航空券、出入国記録及び出張予定表を年ごとに保存することが重要です。
2. 居住者になることと国外所得が課税されることは同じではない
中国国内に住所を有しない個人が一納税年度に183日以上居住すると、その年度について中国の居住者個人に該当します。個人所得税法の原則では、居住者個人は中国国内所得だけでなく、中国国外所得についても中国で納税義務を負います。
ただし、中国に住所を有しない個人については、実施条例及び関連公告により重要な国外所得免税制度が設けられています。一定の要件を満たす場合、中国国外を源泉とし、かつ、中国国外の法人又は個人が支払う所得は、中国の個人所得税が免除されます。これが一般に「6年ルール」と呼ばれる制度です。
したがって、ある年に初めて183日以上中国に滞在した外国人が、その年から当然に日本の預金利息、配当、賃料その他すべての国外所得を中国で課税される、という理解は正確ではありません。まず、その所得が中国国外源泉所得であるか、誰が支払又は負担しているかを確認し、さらに6年ルールの適用関係を検討します。
一方、日本本社が支払う給与であっても、中国国内で行った勤務に対応する部分は、原則として中国国内源泉所得となります。支払口座が日本にあることや、日本円で支払われていることだけを理由に、中国国外源泉所得になるわけではありません。居住者となる場合の課税範囲を検討するときは、「お金をどこで受け取ったか」ではなく、所得の発生原因、勤務場所、資産の所在地及び支払者を確認する必要があります。
3. 6年ルールはどのように適用されるか
中国に住所を有しない個人について、対象年度の前6年間のうち、いずれかの年の中国国内居住日数が183日未満である場合、又はその間のいずれかの年に1回30日を超える連続した出国がある場合には、対象年度の国外源泉・国外払いの所得について免税措置を利用できます。実務上は所定の届出が必要です。
反対に、対象年度の前6年間のすべてについて中国国内に183日以上居住し、その6年間に1回30日を超える出国が一度もなく、さらに対象年度も183日以上居住する場合には、その対象年度は中国国外源泉所得も含めて課税されることになります。言い換えると、条件を継続して満たした場合、全世界所得課税が実際に問題となるのは一般に7年目からです。
この連続年数の起算には2019年以後の年度だけが用いられます。また、「30日」は一年間の出国日数の合計ではなく、1回の連続した出国期間で判定されます。年間に合計40日出国していても、一回ごとの出国がいずれも30日以下であれば、この要件によるリセットにはなりません。
また、30日を「30日以上」と誤解しないよう注意が必要です。法令上は1回30日を超える出国、すなわち30日超が要件です。日程に余裕がない場合には入出国日の数え方も含め、事前に確認する必要があります。
なお、6年ルールは「6年を経過すれば永久に全世界所得課税になる」という制度ではありません。ある年の中国国内居住日数が183日未満となった場合又は1回30日を超える出国を行った場合、その後の連続年数は改めて計算されます。ただし、税務だけを目的に出国日程を決定すると、業務、在留資格、社会保険又は会社の費用負担との不整合が生じる可能性があるため、国外所得の種類と金額を確認した上で検討すべきです。
4. 国外所得として確認すべきもの
6年ルールによる免税が利用できなくなる場合、又はその適用が不明確な場合には、中国国外に残した資産や権利から生じる所得を把握する必要があります。日本との関係では、預金利息、株式・投資信託の配当、従業員持株会の配当、有価証券の譲渡益、日本所在不動産の賃料や譲渡益、年金、退職金、役員報酬などが主な確認対象となります。
すべてを同じ方法で課税するわけではありません。利子、配当、財産賃貸所得及び財産譲渡所得などは、中国法上それぞれ異なる所得区分として計算されます。また、所得の源泉地は所得の種類ごとに判断するため、日本の口座に入金されたという事実だけでは国外所得かどうかを決められません。
ストックオプションやRSUの付与、権利確定、行使及び売却が日本勤務期間と中国勤務期間にまたがる場合には、報酬がどの勤務期間に対応するかを検討します。国外法人、パートナーシップ又は信託を通じた投資も所得の帰属時期が複雑になるため、長期居住が見込まれる場合には、6年ルールの期限前から国外資産を整理することが望まれます。
5. 日本で課税された所得は外国税額控除を検討する
同じ所得について日本と中国の双方で課税される場合、原則として日中租税条約と中国国内法上の外国税額控除により二重課税の調整を検討します。ただし、日本で納めた税額がそのまま全額、中国の税額から差し引かれるとは限りません。
中国の外国税額控除には、所得の発生した国又は地域ごとの控除限度額があります。日本の税額が中国側の控除限度額を超える場合、その超過額は当年に控除できませんが、一定の要件の下で翌年以後5年間繰り越すことができます。また、日本と中国で所得の認識時期が異なる場合や、両国で所得金額の計算方法が異なる場合には、二重課税が完全に解消されないこともあります。
外国税額控除を受けるためには、日本で課税された所得の総額、所得の種類、税額及び納付事実を示す資料が必要です。源泉徴収票、配当等の支払通知書、年間取引報告書、確定申告書、納税証明書などを保存し、中国で提出できる形に整えます。必要書類や中国語訳の範囲は、所得の種類及び所轄税務当局の運用によって異なるため、申告期限直前ではなく早めに確認することが実務上重要です。
中国の規定では、外国税額控除の申告に際し、原則として外国の課税当局が発行した完税証明、納付書又は納税記録などが求められます。やむを得ず提出できない場合には、国外所得の申告書又は外国当局が確認した納税通知書と、対応する銀行納付証憑により手続できる余地があります。証明書が後日取得できた場合には、一定の範囲で当該所得年度に遡って控除を申告できますが、当初の国外所得申告を省略できるという意味ではありません。
日本でも所得税法上の非居住者となり、日本の国内源泉所得について所得税及び復興特別所得税が源泉徴収されている場合には、日本の国税庁が定める「源泉徴収に係る所得税及び復興特別所得税の納税証明願」を利用できることがあります。この手続は、証明願を源泉徴収義務者である金融機関や配当の支払者等を経由して、その源泉徴収義務者の所轄税務署へ提出するものです。預金利息、上場株式の配当、投資信託の分配金又は従業員持株会を通じた配当では、支払経路や源泉徴収の方法が異なることがあるため、実際に誰が源泉徴収義務者であり、どの資料を発行又は取り次ぐことができるかを事前に確認する必要があります。
6. 国外所得の申告期限と実務上の管理
中国の居住者個人が国外所得を得た場合、原則として所得を得た年の翌年3月1日から6月30日までに申告します。中国国内の給与について勤務先が毎月源泉徴収を行っていても、それだけで国外所得の申告まで完了しているとは限りません。
実務上は、毎年末に中国国内所得と国外所得を一覧化し、所得の種類、発生日、支払者、所得源泉、現地通貨額、人民元換算額、外国で納付した税額及び証明資料を整理する方法が有効です。特に日本の確定申告や税額確定が中国の申告準備と重なる場合には、早い段階から日中双方のスケジュールを合わせる必要があります。
CRS(Common Reporting Standard:共通報告基準)に基づく金融口座情報の自動的交換にも注意が必要です。CRSでは、各国の金融機関が、原則として自国から見た非居住者の金融口座情報を自国の税務当局に報告し、その情報が口座保有者の居住地国の税務当局へ提供されます。日本の金融機関に中国を居住地国として登録している場合などには、日本の預金口座や証券口座に関する情報が、日本の国税庁から中国税務当局へ提供される可能性があります。中国へ移住した後は、金融機関に登録している住所だけでなく、税務上の居住地国や納税者番号に変更がないかを確認することが重要です。
交換対象となり得る情報には、氏名、住所、居住地国、納税者番号、口座番号、年末残高のほか、口座の種類に応じて利息、配当その他の金融収益、有価証券等の売却・償還による総収入額などが含まれます。したがって、中国税務当局が日本の預金利息、株式配当、投資信託の分配や証券取引を把握する契機となり得ます。
もっとも、CRSで交換される数値は、中国個人所得税の申告書にそのまま転記できる「中国法上の課税所得額」とは限りません。例えば、証券口座について交換される売却総収入額は譲渡益ではなく、取得費を控除する前の金額であることがあります。また、金融口座の情報が交換されたからといって、その口座から生じたすべての所得が当然に中国で課税されるわけでもありません。実際の申告義務は、住所の有無、183日判定、6年ルール、所得源泉、支払者及び所得区分に基づいて判断します。
一方、6年ルールによる国外所得免税を利用できないなど、日本の金融所得が中国で課税対象となる場合には、CRS情報の有無にかかわらず、中国の国外所得として申告する必要があります。その際、日本で源泉徴収された税額について外国税額控除を求めるのであれば、前述のとおり納税証憑の準備が必要です。中国の国外所得の申告期限は翌年6月30日であるため、日本の金融機関、証券会社、持株会事務局その他の支払者に、年次報告書、支払通知書及び納税証明関係書類をいつ依頼できるか、年初の段階で確認しておくことが望まれます。
7. 居住者となる前に確認しておくべきこと
中国の居住者となる可能性がある場合には、まず当年の滞在予定と過去6年間の出入国履歴を確認します。その上で、日本その他の国に保有する預金、証券、不動産、株式報酬、年金受給権、法人持分及び信託等を把握し、どのような所得が毎年発生しているかを整理します。
中国の居住者判定は183日という比較的明確な基準を含みますが、実際の課税範囲はそれだけでは決まりません。「居住者に該当するか」「国外所得免税を利用できるか」「各所得がどこを源泉とするか」「外国税額控除をどこまで利用できるか」という順序で検討することが、申告漏れと不必要な二重課税を防ぐための基本となります。
※本稿は2026年8月現在の法令及び公表資料に基づく一般的な情報であり、個別案件に対する税務又は法務上の助言ではありません。実際の取扱いは、居住状況、所得の種類、支払者、租税条約及び所轄税務当局の運用により異なる場合があります。
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